大判例

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東京高等裁判所 平成4年(う)1395号 判決

所論は,要するに,被告人がコインロッカー内に保管していた物について,被告人には「覚せい剤」であることの認識がなかったのに,被告人に覚せい剤所持の故意があったと認定した原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある,というのである(中略)。

ところで,被告人は,本件覚せい剤をコインロッカー内に入れて保管するに至った経緯について,捜査段階から当審公判廷に至るまでほぼ一貫して,次のような事実を述べている(中略)。

そうすると,被告人の述べることによっても,本件当時,本件コインロッカー内に入れて持っていた茶封筒入りの物件が,日本国において,やくざといわれている者らの間で「シャブ」と呼ばれて取引されている薬物であるということを被告人において認識していたことは明らかである。また,被告人が,その「シャブ」という薬物の性質について,腕などに注射して使うものであり,セックスを長引かせる効果があるなどという説明を受けており,その旨の認識をしていたことも認められる。さらに,関係各証拠によれば,被告人は,封筒の中から本件覚せい剤を取り出して見てはいないものの,持ち運ぶ際などに本件覚せい剤が入った茶封筒を手に持ったりしたことは明らかであり,したがって,本件覚せい剤のおおよその分量や重さは,これを入れた茶封筒の外側からみた大きさやこれを持ったときの感触などにより感じとっていたものと認められる。すなわち,約44グラムの本件覚せい剤について,被告人としては自分の感じた分量ないし重さからみて,この程度の量ないし重さの「シャブ」に代金20万円と手数料2万5000円を支払ったということで,「シャブ」がかなり高価な薬物であるとの認識を持つに至ったであろうことも十分に窺える。

そして,暴力団関係者らにとって「シャブ」が覚せい剤を意味する隠語であることは公知の事実であるところ,被告人がそこまで知っていたかどうかは不明であるものの,「シャブ」について,これが法的な規制の対象になっているという認識を持っていたことは,本件覚せい剤の入手過程についての被告人の認識,被告人の「やくざ」というものへの認識,本件発覚時の前記のような被告人の言動などから,十分に推認することができる。すなわち,関係各証拠によれば,被告人は,平成2年12月28日にわが国に入国して以来,本件犯行に至るまで約1年半にわたりわが国で生活を送り,その間,群馬県内の自動車工場や東京都内の玩具を作る会社で働いたりしたほか,友人と一緒に職業あっせんの仕事なども行っていたことが認められるから,当然被告人としても,その間において,わが国における社会生活の実情,社会道徳などをかなり把握していたものであることは明らかである。したがって,「やくざ」についても,被告人が原審公判廷において,「やくざは乱暴な人,強い人,他の人からお金を取ったりする人と聞いています」(第1回公判廷)「やくざは悪い人だとは思いました」(第3回公判廷)と述べていることにも表れているように,反社会性の強い集団に属する者らを意味するものだという認識を有していたことは認められる。そして,被告人が前記のように述べるところによると,その反社会性の強い集団に属するやくざのカンから,前記のとおり「その友達はやくざか。やくざなら「シャブ」を持っているはずだから,その友達に「シャブ」があるかどうか聞いてくれ」などと言われた上で,やくざ相互間の「シャブ」の取引(購入)の使いを依頼されたというのであるから,被告人としてはその取引が社会の裏側で行われる反社会的なものであるという認識を持ったことは当然であり,結局,被告人が前記のとおり本件発覚時に,警察官らから任意同行を求められている途中逃げ出そうと図ったり,また,本件コインロッカーの鍵は拾ったものであるなどと虚偽の弁解をするなどその言動に不自然な点が多かったのも,自分が「シャブ」をコインロッカーの中に入れて持っていたことが違法なことであるという認識を有していたことの結果であると認められるのである。なお,被告人には,後記のように覚せい剤の化学上の名や成分等についての知識はなく,自ら知っていたのは麻薬や大麻のことであったと窺われるので,被告人の認識としては「シャブ」も麻薬に類するようなものであるというものであったと窺われる。

以上要するに,被告人には,本件コインロッカー内に所持していた薬物は,日本において,やくざという反社会性の強い集団に属する者らの間で「シャブ」と呼ばれる薬物であって,「シャブ」という薬物は,腕などに注射して使用し,セックスを長引かせる効果など一定の薬理作用があり,しかも,日本においては法的な規制の対象になっており,実際にもかなり高価な物であって,一般の人では通常の取引で入手することができないというものであるとの認識があったと認められる。したがって,本件覚せい剤に関し,被告人において右のような認識があれば,覚せい剤取締法にいう覚せい剤の認識として十分なものということができ,被告人に覚せい剤所持の故意のあったことももとより肯認することができるのである(中略)。

なお,弁護人提出の資料によると,被告人の母国であるイラン・イスラム共和国においては,麻薬や大麻などの薬物については法規制の対象になっているものの,わが国でいう覚せい剤すなわち覚せい剤取締法2条1項で規定する薬物については,その存在が社会一般に知られておらず,法規制の対象にもなっていない模様であり,また,被告人も,覚せい剤取締法の規定内容や,覚せい剤の化学上の名,成分等についてはほとんど知識がないものと窺われるが,このような知識がないことはいわゆる法の不知であり,前記のとおり被告人には自分の所持する薬物が一定の薬理作用を有する「シャブ」と呼ばれるものであって,日本においては法的な規制の対象になり,その取引や所持が違法なものであるという認識を持っていたことが認められるので,右のような法的な知識がないことをもって,覚せい剤所持の故意が阻却されるものではない。

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